桜井政博(ソラ)×岩田 聡(任天堂) プロジェクトソラ 特別対談
※本対談は2009年2月18日に公開された内容のまま掲載しております。
はじめに
岩田 聡
(任天堂社長)
今回、新会社「プロジェクトソラ」を設立し、
ソラの代表である桜井政博さんが中心となって
ゲーム制作をするプロジェクトを始動することになりました。
これに伴って、プロジェクト期間限定で
人材を募集するのですが、どのようなことをお伝えしたら、
このプロジェクトのことを深く理解していただけるかを
いろいろと考えた結果、桜井さんと私が
このプロジェクトに関してお話しした内容を、
そのままお伝えするのが一番よいのではないかという
結論に至りました。

桜井さん、今日はよろしくお願いします。
桜井政博
(ソラ代表)
よろしくお願いします。

1 桜井政博がフリーになってしたかったこと
岩田
それでは、まずは桜井政博さんという人を
知っていただくことから始めたいと思います。
桜井さんはHAL研究所から独立して
ソラを設立したわけですが、
ソラは桜井さんが、フリーとして活動するために
作った社員2人の会社ですよね。
桜井さんは、どうしてフリーになるという
選択肢を選んだんですか?
桜井
特に90年代あたり、いろいろなゲームデザイナーや
ディレクターさんが独立して会社を興していました。
が、その人に高いディレクション能力や潜在能力はあるのに、
スタッフに恵まれなかったり、開発環境が整わなかったり、
社長業に忙殺されたりで、作りたいものが作れない
状態になってしまっていて……。
岩田
最悪の場合、モノをつくる人が、
会社の運営とお金の手当てに忙殺される
ということだって起こり得るわけですからね。
桜井
HAL研究所に入社した当初、
(会社が経営危機を迎える過程で)
「自転車操業」とよく言われていました。
そういうサイクルにも近い状態に
陥ったところもありますね。
岩田
私は「悪魔のサイクル」と言ったこともあります。
悪循環に入ると、作り手はこの状態のモノを出しても
きっとお客様は満足しないと皆わかっているのに、
会社の経済的な事情で、モノを出さざるを得ない
状況になってしまうんです。
そうすると、多くの人は作り手としての誇りも失うし、
そんなものがお客様の満足を得られるわけもないので、
売れないわけです。そうすると、売れないので、
ますます早く次を作らないといけないってことに
なってしまって、また悪循環にはまるんです。
一度そうなってしまうと、中にいる人がわかっても、
抜け出せなくなるんですね。

HAL研究所が(1992年の和議申請に向かって)
一度おかしくなっていったときは、まさしく
このサイクルにはまっていたと思います。
桜井
自社内に限らず、そういった傾向を
いろんなところで見ていたわけです。
また、自分は同じ会社で、同じ人たちと、同じように、
モノを作り続けることに限界を感じていました。
いや、HAL研究所の限界という意味ではなくて。
岩田
HAL研究所だからということではなくて、
同じ人と同じ形でモノをつくり続けることの限界、
ということですね。
桜井
当時からわりと東京へは行っていて、
ゲームデザイナーや作り手の知り合いが
増えていきました。
その人たちの考えることとか、話すこと、あるいは
そのチームの抱える問題みたいなことも聞いています。

で、やっぱり普通に一つの会社に留まることは
問題があるし、空気が流れていかないなぁと
感じるに至ったわけです。
特にHAL研究所は人材の出入りが少ないので、
さらに空気が留まっている感覚を受けていました。
それで、一つのところに留まって
ただゲームデザインをやるのではなくて、
いろいろなチームやいろいろな人たちと手を組んで
モノをつくっていくことで、それぞれに対して
刺激を与えたり受けたりすることが
できないかと探りはじめたんです。

ただ、私自身がゲームデザインをしたり
ディレクターになることへのこだわりはなくて、
ゲーム業界自体がよくなればそれでいいと
思っていましたから、
ゲームをどうやって作っていくかということを伝える
コンサルタントや臨時講師のようなことを
やっていた時期もあります。
岩田
それは独立してからの話ですね。
桜井
役割が大事だと思います。
自分はゲームの初心者ではなくて、
むしろコアゲーマーなんですが、
『星のカービィ』はあくまで初心者向けに
作ったつもりです。
私は自分のためにゲームを作っている
わけではないですから。
岩田
それが珍しいですね。
ゲームが上手くて初心者向けのゲームを
作る人は少ないです。
桜井
人を真似ても意味がないと思っていて、
毎回そのときの主流とは異なる方向に
いきたいと考えています。
あまのじゃくや意固地になるのではなくて、
それぞれの役割として自分の立ち位置を
意識しているつもりです。
岩田
それは、周りを見て、自分がこうするのが
全体のために一番いいのではないか、
と考えながら行動していたということですか。
桜井
そうですね。
岩田
HAL研究所に入りたての頃から、
そういう意識でいたから
『星のカービィ』が生まれたんでしょうね。
桜井
当時は難しいゲームばかりだったから、
優しいゲームを作ろうと。
人と同じことをやっても全然伸びていかないことは
はっきりしているから、人とは違うところで
お役に立てないかと思っていました。
岩田
それで、HAL研究所で同じ人たちとやっていても
限界があるから、外に出て、いろいろな人と
いろいろな形で一緒に仕事をしてみよう
となったんですね。
桜井
はい。
いろいろな人を見ていると面白いんですけど、
ある才能がすごく光っていても
他の点で至らないことって多いんです。
岩田
人間はみんなそうですよ。
桜井
自分もそうです。
全ての点でオールマイティーではないから、
それぞれの力が合わさることで
総合力があがるのではないかと。
場合によりますが、同じ方向に尖り続ける会社は、
ついてきてくれる層が限られていって、
途中で立ちゆかなくなる可能性も高いです。
そういうところにこそ、違う方向を示して、
お互いのレンジを広くできないかと考えています。